反響が大きくなっていくにつれ、重箱の隅をつつかれることも増えてくる。もはや記録的ヒット作になりつつある『ボヘミアン・ラプソディ』についてもそれは同じで、映画上で描かれていることすべてが事実であるわけではなく、時制のズレも多々あるということがすでにあちこちで語られている。が、そこで「なんだよ、嘘なのかよ」みたいなことにならないのは、この映画自体がとても丁寧に、愛情と敬意をもって作られているからこそだろう。
僕自身はこれまで劇場で3回、それ以前に試写などでも数回この映画を観てきたが、初めて観たときに、QUEEN自体の歴史とは関係のないところでも「あれ? ちょっと時制がズレてないか?」と思わされるところがあった。
たとえばEMIの重役室で、6分にも及ぶ“Bohemian Rhapsody”をシングルにしたがるメンバーたちと、シングルは3分程度であるべき、という誰が決めたわけでもない鉄則を曲げようとしない会社側がやりあうシーンでのこと。バンド側に助け舟を出そうと、ポール・プレンター(役のアレン・リーチ)は「だけど“MacArthur Park”は7分でもヒットした」という一言を放つ。それに対してメンバーたちは「余計なこと言うな」という顔をする。
“MacArthur Park”は、ディスコの女王(すごく時代がかった称号ですね)と呼ばれたドナ・サマーのヒット曲のひとつとして知られている。しかしこの曲が全米No.1に輝いたのは1978年のこと。“Bohemian Rhapsody”のシングル、そして同楽曲を含む『A NIGHT AT THE OPERA』が世に出たのは1975年10月~11月のことだから、これはどう考えてもおかしい。
ただ、実はこの“MacArthur Park”はドナ・サマーのオリジナルではなく、ジミー・ウェッブの作によるもの。最初にこの曲を歌ったのはアイルランド出身の俳優兼シンガー、リチャード・ハリスで、そのシングルは1968年にリリースされ、7分を超える長尺曲でありながら、全米2位に。さらにオーストラリアでは1位になっていて、イギリスでも最高4位を記録している。映画のなかでポールは「(北アイルランドの)ベルファスト出身」と語っているが(余談ながら彼を演じたアレン・リーチもアイルランド出身だったりする)、アイルランドでもこの曲はシングル・チャートでトップ10入りを果たしている。
というわけで、このシーンにおけるポールの発言が指しているのは、少年期の彼が耳にしていたリチャード・ハリスのシングルということになる。ただ、ひとつ面白いのは、オリジナルのヒットから10年を経てこの曲をさらに広く知らしめたドナ・サマーの、デビュー当時の立ち位置だ。‟MacArthur Park”当時にはすでにディスコの女王(やはりすごい称号だ)として世界に名を轟かせていた彼女だが、最初のヒット曲、‟Love To Love You Baby”が生まれたのは1975年6月のこと。つまり、『A NIGHT AT THE OPERA』の制作当時に流行っていた彼女のシングルは、こっちだということになる。しかも、歌よりも溜息のほうが目立つくらいのこの官能的チューンのアルバム・ヴァージョンは17分近くあったりもする。要するに、ディスコで長時間踊らせるための曲だったわけだ。ちなみに‟MacArthur Park”についても、シングル・ヴァージョンは比較的コンパクトにまとめられているものの、アルバムでは8分超だったりする。
しかも彼女が当初、活動拠点としていたのは、アメリカ本国(彼女自身の出身地はボストン)ではなくドイツのミュンヘン。一時はそこで、バックアップ・シンガー兼モデルとして働いていたのだという。そして同地のプロデューサー、ジョルジオ・モロダーに見いだされ、前述の‟Love To Love You Baby”で成功を掴んだのだった。同楽曲はそのままモロダーの代表作のひとつにもなり、彼の手による官能的ディスコ・ミュージックは、ミュンヘン・サウンドなどと呼ばれるようになった。
のちにフレディの活動現場となり、映画におけるもうひとつの舞台となったミュンヘン。そのクラブ・シーン(もっと露骨に言えばゲイ・クラブ・シーン)において、当然ながらドナ・サマーは持て囃されていたはずだ。だからこそ、この映画において、フレディをそのシーンに導いた存在であるかのように描かれているポールが‟MacArthur Park”のタイトルを口にする、というのがとても興味深い。
実のところ、本当に当時そうしたやり取りがあったのかどうかはわからない。ただ、ちょっと時制をずらしてやると、不思議な合致が生まれたり、嘘みたいに辻褄が合ってしまったり、微妙な‟含み”がそこに生まれて、謎解きのような面白さが生じることがある。『ボヘミアン・ラプソディ』には、というか、史実を題材にした映画というのには、そうした捩じれた面白さもあるのだ。
というわけで、まだまだヒットが続きそうな『ボヘミアン・ラプソディ』。次に劇場に足を運んだ時には、また新しい発見や“気付き”があるかもしれない。
ドナ・サマーさまはこちら。
リチャード・ハリスさまはこちら。1961年生まれの筆者が原体験的に知っているのは、もちろんドナ・サマーによるヴァージョン。
増田勇一のmassive music life
いつのまにか還暦を過ぎてしまった音楽系モノカキの、 あまりにも音楽的だったり、案外そうでもなかったりする 日々。
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