あれは2001年2月のこと。妻とふたりでAC/DCの横浜アリーナ公演を観た帰りに「どうせ慌てて帰ろうとしたところで電車が混んでるだろうから」みたいな理由で新横浜駅近くの雑居ビル内の居酒屋に立ち寄ったことがあった。店内は徐々に同じライヴ帰りの客で混雑し始め、僕らの隣のテーブルにもひと目でそれとわかる男性の2人組がやってきた。当然のことながらAD/DCはその夜も最高だったし、あちこちから彼らのライヴを絶賛する声が聞こえてくるのは、なんだかそれだけで嬉しいものだった。
そして、何杯か呑んで気分が良くなってきた頃のこと。隣のテーブルから聴こえてきた言葉に僕はびくっとさせられた。2人組の一方が相手に「なあ、CROSSBEATの新しいやつ読んだ?」と問いかけるのが聞こえてきたのだ。
その時点でのCROSSBEAT誌の最新号は、前月なかばに発売されていた2001年2月号。表紙はアクセル・ローズだった。そう、2000年の大晦日というか2001年の元旦に行なわれたGUNS N' ROSESのラスヴェガス公演が巻頭に掲載されている号で、もちろんそれを書いているのは僕だ。べつに隣の客たちの会話に聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、思わず反応してしまい、夫婦で顔を見合わせながら食事の手を止め、次の言葉が聞こえてくるのを待ち構えてしまった。で、次に口にしたビールがそれまでも美味しく感じられたのは「やっぱ、ああいう記事は増田だよな」「そうそう、ああいうのが読みたいんだよ」みたいなやりとりが聞こえてきたからだった。
当時の僕はフリーランスに転身してようやく3年目。幸いあちこちの雑誌から仕事の発注をいただき、邦楽の取材もするようになってはいたものの、自分の基地となるような媒体はなかったし、WEBもまだ現在ほど一般的にはなっていなかったけども、音楽誌が少しずつ減少し始め、紙媒体の先行きが案じられるようになっていた頃のことだ。特定の編集部に籍を置いていた頃とは違って、記事に対する読者の反応も把握できていなかった。だから当時の僕は、自分が今後どんな記事を書いていくべきなのか、みたいなことを考えがちだったようにも思う。
だから、その時の隣席の客同士の会話が、僕にはとても大きな励みになった。「ああ、ちゃんと読んでくれている人たちがいるんだ」と実感できたことで、少なくともしばらくの間はそれまで通りのスタンスのままであることが許されたかのような気分になれたものだ。今でも悔やまれるのは、そこで「こちらのお客様に飲みもののお代わりを」ぐらいの気の利いたお礼ができなかったこと。もちろんそんなこと、今でもこっぱずかしくて出来やしないが、あの時のAC/DCファン2人組には本当に救われたと思っている。
この一件については2016年に出した『ガンズ・アンド・ローゼズとの30年』という本のなかでもチラリと書いているが、この先もきっと忘れはしないだろう。気が付けば、あの日からすでに19年以上が経過していたりもする。あの時の2人組は今頃どうしているのだろう? 正直な話、今からでもお礼を言いたいくらいの気持ちだ。そして、ラスヴェガスでアクセルが再始動を果たしたあの夜から、あと7ヵ月と少々で満20年となる。あの時点での彼にはおそらく、2020年のGUNS N' ROSESなど想像不可能だったに違いない。もちろん誰にだって、このバンドの今を夢物語として想い描くことはできたとしても、この現実を予測することはできなかったはずだが。
CROSSBEAT誌2001年2月号。表紙写真は「あの頃」の彼ですけどね。
増田勇一のmassive music life
いつのまにか還暦を過ぎてしまった音楽系モノカキの、 あまりにも音楽的だったり、案外そうでもなかったりする 日々。
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